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「吹田」という名前の由来
由来には諸説あります。どれも、吹田が水に恵まれた土地だったことを物語っています。
- 次田(すきた)説(市の公式見解):奈良時代の僧・行基の記録『行基年譜』に「次田里」「次田堀川」とあります。スキタがスイタに変わり、草書で「次」に似た「吹」の字が使われるようになりました。
- 次田連(すきたのむらじ)説:5世紀ごろ、河内の豪族・次田連の一族が淀川を渡って移り住み、村を開いたという高浜神社の伝承です。
- 水田説・深田(ふけた)説:川の水が集まる湿地や、ぬかるんだ田を指す言葉から来たという説です。
千里丘陵の地下水は今も豊富で、この「水の良さ」が古代の水の神社と、明治のビール工場の両方を生みました。
古代:都の宮殿の瓦を焼いた丘
市内で最も古い人の痕跡は、約2万年前の旧石器(吉志部遺跡)です。弥生時代には垂水(たるみ)に集落ができ、古墳もつくられました。
5世紀に朝鮮半島から須恵器(すえき)という灰色の硬い焼き物の技術が伝わると、千里丘陵ではすぐに生産が始まり、大阪南部の陶邑(すえむら)と並ぶ一大産地になりました。窯の数は丘陵全体で100基を超えたとされます。
その技術は、国の宮殿の瓦づくりへとつながります。
| 窯跡 | 何を焼いたか |
|---|---|
| 七尾瓦窯跡 | 聖武天皇の時代の後期難波宮(726〜784年)の瓦。この宮の瓦を焼いた窯として知られる唯一の例 国史跡(1980年) |
| 吉志部瓦窯跡 | 794年に始まった平安京(いまの京都)の宮殿の瓦。緑の釉薬をかけた瓦も焼いた 国史跡(1971年)。紫金山公園として公開 |
水と雨の神をまつる垂水神社は、平安時代の『延喜式』で最も格の高い「名神大社」とされた古社です。7世紀、この地の湧き水を高い樋(とい)で難波の宮まで送った人物が始めたと伝わります。日本最古の歌集『万葉集』の「石走る 垂水の上の さわらびの 萌え出づる春に なりにけるかも」(志貴皇子)は、この地の滝にゆかりがあるとされ、境内には今も小さな滝があります。
中世〜江戸:貴族の別荘、渡し舟、御所へ届けたくわい
- 貴族の保養地:歌人の藤原定家が1212年に吹田を訪れて日記に書き、1251年には後嵯峨上皇が別荘「吹田殿」を訪れました。
- 吹田城と吹田氏:室町時代、地元の武士・吹田氏が城を構えましたが、1571年に織田信長の配下に滅ぼされました。城の正確な場所はまだ分かっていません。
- 吹田の渡し:大坂と丹波(京都府中部)を結ぶ亀岡街道が神崎川を渡る地点で、1875年に橋が架かるまで舟で人を渡していました。淀川・神崎川の舟運で、吹田は商都・大坂とつながっていました。
- 吹田くわい:小粒で甘みのある、吹田原産のくわい(オモダカ科の芋)。1683年から明治維新まで京都の御所に献上されたとされ、学名にも吹田を示す「suitensis」が付いています。今は「なにわの伝統野菜」です。
村々をまとめた庄屋の屋敷が、今も2軒残っています。旧西尾家住宅(1895年上棟の主屋、2009年に国の重要文化財)と、旧中西家住宅(1826年の主屋、国の登録有形文化財)です。旧中西家には江戸後期、多くの画家や学者が滞在して作品を残しました。
明治・大正:ビールと鉄道のまち
- 1876年:官設鉄道の開通に合わせて吹田駅が開業。
- 1889年11月:大阪麦酒会社(現アサヒビール)が設立。醸造所の場所に吹田が選ばれたのは、醸造に適した良い水と、川と鉄道の便があったからです。泉殿宮(いづどのぐう)の湧き水はドイツ・ミュンヘンで検査され、ビールに向く水と認められたと伝わります。
- 1892年5月:赤レンガの吹田村醸造所から「アサヒビール」を発売。吹田はアサヒビール発祥の地で、今も工場とアサヒビール ミュージアムがあります。
- 1922年:関西大学が千里山に移転。1920年に開発が始まった千里山住宅地は、噴水を中心に道が放射状に延びる大正時代の計画住宅地で、のちのニュータウンの先がけとされます。
- 1923年:吹田操車場が操業開始。最盛期には1日約8,000両の貨車をさばき「東洋一の操車場」と呼ばれ、吹田は「ビールと操車場のまち」になりました。
市の誕生と、日本初の大規模ニュータウン
吹田市は大阪府で7番目の市として生まれ、1955年ごろまでにほぼ今の市域になりました。
千里ニュータウンは大阪府が進めた日本初の大規模ニュータウンで、1962年9月に佐竹台で「まちびらき」を迎えました。面積1,160ha(吹田市と豊中市にまたがる)、計画人口15万人。住区ごとに小学校と近隣センター(商店街)を置き、歩道と車道を分けた設計は、その後の日本のまちづくりの手本になりました。1967年に開業した阪急北千里駅には、日本で初めて自動改札機が置かれています。
ニュータウンのすぐ隣で開かれたのが1970年の万博です。千里ニュータウン情報館は、この2つを「双児の未来都市」と呼んでいます。万博が遠い未来の姿を見せ、ニュータウンは実際に住める未来を形にしたからです。
1970年、アジア初の万博
| 会期 | 1970年3月15日〜9月13日(183日間) |
|---|---|
| 会場 | 吹田市・千里丘陵(330ha) |
| テーマ | 人類の進歩と調和 |
| 参加 | 76か国・4国際機関ほか(開催国を含めると77か国) |
| 入場者 | 6,421万8,770人。当時の万博史上最多 |
アメリカ館ではアポロ12号が持ち帰った月の石が展示されました。電気通信館の「ワイヤレステレホン」(携帯電話の原型)、テレビ電話、動く歩道のほか、缶コーヒーやファミリーレストラン、ケンタッキーフライドチキンも、万博をきっかけに多くの日本人に知られるようになりました。
会場への足として北大阪急行や中国自動車道、新御堂筋などが整備され、今の吹田の交通網の土台になっています。会場の中心には建築家・丹下健三の「大屋根」がかかり、その屋根を突き抜けて立っていたのが太陽の塔です。
太陽の塔:岡本太郎が残したもの
岡本太郎(1911〜1996)は、「進歩と調和」を掲げる万博の真ん中に、あえて原始的で力強い塔を立てました。大屋根の模型を見て、屋根に穴を開けて塔を突き抜けさせたという話はよく知られています。
| 顔 | 場所 | 意味 |
|---|---|---|
| 黄金の顔 | てっぺん | 未来 |
| 太陽の顔 | 正面のおなか | 現在 |
| 黒い太陽 | 背中 | 過去 |
| 地底の太陽 | 万博当時の地下展示 | 閉幕後に行方不明になり、2018年に復元 |
塔の中には、単細胞の生き物から恐竜、人類までの進化をたどる高さ約41mの「生命の樹」があります。
- 1975年:署名運動などを受けて永久保存が決まる
- 2018年3月:耐震工事を経て、48年ぶりに内部の常設公開を再開(予約制)
- 2020年:国の登録有形文化財
- 2025年8月27日:国の重要文化財(建造物)に指定。「当時の最先端技術で巨大で特異な造形を実現した」ことが評価されました
初代の「黄金の顔」は、公園内のEXPO'70パビリオン別館で実物を見られます。内部見学の予約と料金は太陽の塔の予約ページにまとめています。
万博のあと:公園、博物館、スタジアム、健康のまち

- 1972年:万博記念公園が開園(約264ha)。会場跡に木を植え、森として再生させました。日本庭園や大阪日本民芸館も万博の遺産です。
- 1977年:国立民族学博物館(みんぱく)が開館。世界の暮らしの道具を集めた、日本を代表する博物館です。
- 1992年:吹田市立博物館が開館。古代の窯や古墳の出土品を展示しています。
- 1993年:ガンバ大阪がJリーグ開幕に参加。2015年には市民や企業の寄付で建てた日本初のサッカースタジアム(現パナソニックスタジアム吹田)が完成しました。
- 2015年:遊園地エキスポランドの跡地にEXPOCITYが開業。翌2016年に開業した観覧車「OSAKA WHEEL」は、高さ123mで日本一です。
- 2018〜2023年:旧吹田操車場の跡地が「健都」になり、国立循環器病研究センターなどが移ってきました。
- 2020年:中核市に移行し、市制80周年。
- 2025〜2026年:大阪・関西万博(夢洲)の公式キャラクター「ミャクミャク」の像が、閉幕後に太陽の塔の前へ移されました。
年表
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 約2万年前 | 吉志部遺跡で石器が使われる(市内最古の痕跡) |
| 5世紀 | 千里丘陵で須恵器の生産が始まる |
| 7世紀 | 垂水の水を難波の宮へ送り、垂水神社が始まったと伝わる |
| 726〜784年 | 七尾瓦窯で難波宮の瓦を焼く |
| 794年〜 | 吉志部瓦窯で平安京の宮殿の瓦を焼く |
| 1251年 | 後嵯峨上皇が別荘「吹田殿」を訪れる |
| 1571年 | 吹田城の吹田氏が滅ぶ |
| 1683年〜 | 吹田くわいの御所への献上が始まったとされる |
| 1826年 | 旧中西家住宅の主屋が建つ |
| 1875年 | 吹田の渡しに代わって橋が架かる |
| 1876年 | 吹田駅が開業 |
| 1889年 | 大阪麦酒会社(現アサヒビール)設立 |
| 1892年 | 「アサヒビール」を発売 |
| 1922年 | 関西大学が千里山へ移転 |
| 1923年 | 吹田操車場が操業開始 |
| 1940年 | 4町村が合併し吹田市が誕生 |
| 1962年 | 千里ニュータウンのまちびらき |
| 1970年 | 日本万国博覧会(6,421万人) |
| 1972年 | 万博記念公園が開園 |
| 1975年 | 太陽の塔の永久保存が決まる |
| 1977年 | 国立民族学博物館が開館 |
| 1990年 | 大阪モノレールが開業 |
| 1992年 | 吹田市立博物館が開館 |
| 2009年 | 旧西尾家住宅が国の重要文化財に |
| 2015年 | 市立吹田サッカースタジアムとEXPOCITYが完成 |
| 2018年 | 太陽の塔の内部公開が48年ぶりに再開 |
| 2020年 | 中核市に移行、市制80周年 |
| 2025年 | 太陽の塔が国の重要文化財に |
歴史を歩く:今も見られる場所
| 場所 | 見られるもの | 最寄り駅 |
|---|---|---|
| 太陽の塔・万博記念公園 | 塔の内部(予約制)、初代の黄金の顔、万博の遺産 | 大阪モノレール 万博記念公園 |
| 国立民族学博物館 | 世界の暮らしの道具(公園内) | 大阪モノレール 万博記念公園 |
| 吹田市立博物館・紫金山公園 | 吉志部瓦窯跡(国史跡)、古墳の出土品、万博資料 | JR 岸辺 |
| 旧西尾家住宅 | 国の重要文化財の庄屋屋敷と庭園 | JR 吹田 |
| 旧中西家住宅 | 江戸後期の庄屋屋敷(無料公開) | JR 岸辺 |
| 垂水神社 | 『万葉集』ゆかりの湧き水と小さな滝 | 阪急 豊津 |
| アサヒビール ミュージアム | 発祥の地の工場見学と試飲 | JR 吹田 |
公開日・料金・予約方法は施設ごとに違い、変わることがあります。出かける前に各施設の公式サイトで確認してください。駅の場所は吹田市の駅とバスにまとめています。
よくある誤解
- 1970年と2025年の万博は別の場所:1970年は吹田市の千里丘陵、2025年の大阪・関西万博は大阪市の夢洲です。電車で1時間ほど離れています。
- 千里中央駅は吹田市ではない:万博へ向かう乗り換えでよく使われますが、豊中市にあります。
- アサヒビールの始まりは1889年:1889年が会社の設立、1891年が醸造所の完成、1892年が発売です。
- 太陽の塔は「重要文化財」:2020年に登録有形文化財になり、2025年に一段上の重要文化財に指定されました。
- 「紫金山古墳」は茨木市:吹田市立博物館がある「紫金山公園」とは別の場所です。
吹田の歴史 Q&A
吹田市はいつできましたか?
1940年(昭和15年)4月1日です。三島郡吹田町・千里村・岸部村と豊能郡豊津村が合併して、大阪府で7番目の市として誕生しました。
「吹田」はなんと読みますか? 名前の由来は?
「すいた」と読みます。市の公式見解では、奈良時代の地名「次田(すきた)」が音の変化で「すいた」になり、形の似た「吹」の字が当てられたとされます。ほかに水田説・深田説などもあります。
1970年の大阪万博はどこで開かれましたか?
吹田市の千里丘陵です。会場跡は万博記念公園になっていて、太陽の塔が今も立っています。2025年の大阪・関西万博(大阪市・夢洲)とは別の場所です。
1970年の万博には何人来ましたか?
6,421万8,770人です。当時の万博史上最多で、会期は1970年3月15日〜9月13日の183日間でした。
太陽の塔は誰がつくりましたか?
芸術家の岡本太郎です。1970年の万博のテーマ館としてつくられ、高さは約70mあります。
太陽の塔は重要文化財ですか?
はい。2025年8月27日に国の重要文化財(建造物)に指定されました。それ以前の2020年には登録有形文化財になっていました。
太陽の塔の中には入れますか?
入れます。2018年から内部を公開していて、事前予約制です。中では進化をたどる「生命の樹」を見られます。料金と予約方法は太陽の塔の予約ページをご覧ください。
アサヒビールは吹田で生まれたのですか?
はい。1889年に設立された大阪麦酒会社(現アサヒビール)が吹田村に醸造所を建て、1892年に「アサヒビール」を発売しました。吹田が選ばれたのは、醸造に適した良い水と交通の便があったからです。今もアサヒビール吹田工場とミュージアムがあります。
千里ニュータウンとは何ですか?
1962年にまちびらきした日本初の大規模ニュータウンです。吹田市と豊中市にまたがる1,160haに計画人口15万人の住宅地をつくり、その後の日本のまちづくりの手本になりました。
吹田で一番古い史跡は何ですか?
国の史跡では、8世紀に難波宮の瓦を焼いた七尾瓦窯跡と、794年からの平安京の瓦を焼いた吉志部瓦窯跡があります。人の痕跡では、約2万年前の石器が見つかった吉志部遺跡が市内最古です。
吹田の歴史を学べる場所はどこですか?
吹田市立博物館(JR岸辺駅から徒歩)が古代から近代までを通して紹介しています。万博については万博記念公園内のEXPO'70パビリオン、太陽の塔の内部、国立民族学博物館で知ることができます。
参照した公式情報:吹田市の沿革(吹田市) · 古代〜近世(吹田市) · 近現代(吹田市) · 七尾瓦窯跡(文化遺産オンライン) · 太陽の塔の重要文化財指定(万博記念公園) · アサヒビールはいつできたか(アサヒビール) · 垂水神社
